剣道で何を学び、伝えていくのか

 

Ⅰ -剣道で何を学び、伝えていくのか-       

剣道のねらいは「心身を鍛錬して旺盛な気力を養う」、「礼儀、信義を重んずる」、「相手を尊重する」などと言われています。しかし、これらの徳目はどのスポーツでも表現の仕方は異なるものの挙げられています。そこで、日本の伝統文化としての剣道を手段として人としての基本的資質の育成を達成するためには、まず日本剣道の特色と思想を明らかにすることが必要です。

試合で有効打突を得るためには、「充実した気勢、適正な姿勢をもって」、「竹刀の打突部位で打突部位を刃筋正しく打突し」、「残心あるもの」と要件を規定している(剣道試合・審判規則 第12条)」。したがって、これらの三条件を満たした打突動作・技術・態度を学び指導することは、取りも直さず日本剣道の思想や特色を身につけ、身につけさせることになります。

ここで重要な点は「残心がない時(試合者に不適切な行為があった場合)、主審が有効打突の宣告をした後でも、審判員は合議の上、その宣告を取り消すことができる」と規定されていることです(剣道試合・審判規則 細則第24条)。すなわち、必要以上の余勢や有効を誇示した場合「得点」が取り消しの対象とされることです。

一方、多くの西欧スポーツでは得点の成立について、剣道のような得点者の状態を規定したものは皆無に近い。野球では打つ気もなく避けたバットにボールが当たっても(打突部位で打突部位を刃筋正しく打突し)守備者のいないところへボールが飛べばヒットとなる。また、バスケットボールで、シュートしたボールがゴールの枠に当たりリバンドを繰り返して入っても得点となるのである。サッカーやホッケーでは味方が自陣ゴールに蹴り込んでしまっても相手の得点となります。ましてや得点者のシュートフォームなどは得点の成立に全く関係ないのである。極めつけは得点者のシュート後の態度(残心あるもの)は、どのような態度でも得点が取り消されることはない」のです。

 

このような、欧米スポーツの得点の在り方と剣道の得点の在り方を比較してみた時、剣道が際立つ点は、まず準備局面の要求(充実した気勢、適正な姿勢をもって)があり、次に主局面の要求(打突部位で打突部位を刃筋正しく打突し)があり、その上で終局面が要求(残心あるものとする)される点です。

加えて言えば、観衆にも大きな声援はもとより鳴物を禁止している事です。

 

剣道には西洋合理主義から見ると形式主義といわれるかたちや作法の尊重という特徴がある。すなわち、武道や華道、茶道などで作法やかたちを重視するのは、作法やかたちが物理的形状として存在するのではなく、作法やかたちが哲学や思想を伴いながら存在すると考えるからです例えば、江戸末期の大老、井伊直弼(いいなおすけ)は茶の湯の心得として「茶湯一会・閑夜茶話、ちゃのゆいちえい・かんやちゃはなし)という本の中で、主客が立ち去った後、早々に後片つけをする事を諌め心静かに茶席に立ち戻ることをよしとしている。剣道において、打突前の態勢から打ち終わった後を含めた全過程を重視し評価するのは、上で述べた考え方を踏襲しているからです。この点他スポーツとは異なり重要な剣道の特色・思想と言えます

ちなみに、平成24年度より中学校教育で武道が必修となり1・2年生は武道を履修することになりました。剣道では竹刀を用いて打つ、かわす技術を通して有効打突条件、とりわけ残心を学習させる事がとりもなおさず「伝統的な行動の仕方を理解させること」に繋がるなるものと考えられます。

 

Ⅱ 残心再構成

先に有効打突要件は他スポーツには無い剣道の特色・思想であることを述べました。その上で、剣道必修化については、有効打突について指導する事が必要である事を述べました。しかし、問題はその特色・思想とりわけ残心を学び、指導するに当たり、指導者のみならず多くの剣道愛好家の統一的な解釈と理解が必須であり、明確な用語内容の規定が求められます。すなわち、全剣連の「残心」用語について再構築しておく事が必要・重要です。

全剣連剣道試合・審判・運営要領の手引きp8で示された残心とは「打突後の気構え、身構え」である。また、全剣連発行の剣道指導要領(P160)によれば、残心とは「打突した後に油断せず、相手のどんな反撃にも直ちに対応できるように身構えと気構え」である。また、剣道試合・審判・運営要領の手引き」(P7)では、残心について図式されたものは、上位要件として「構え」を取り上げた上で、下位に「身構え」と「気構え」が示されています。したがって、全剣連が三つの残心用語をどのように解説しているかは、武道必修化指導や国際普及にむけて極めて重要な事です。日本の剣道愛好家としてもこの点十分に理解しておく事が必要です。

まず、身構えについて剣道指導要領 ( p166)は次のように用語を解説しています。すなわち、「身体全体に意識を配り、相手に対し即座に対応できる体勢」と捉えています。次に、気構えは( p158) 「打突に先んじて、相手の心身の動きをとらえ、いつでも対応できるように体のすみずみまで神経を行きわたらせている心の状態」と捉えています。

最後に「構え」という用語については、剣道指導要領 平成20年 p157で、「相手の様々な状況の変化に対して即応できるよう姿勢や態度を整えている状態」と説明しています。また、幼少年剣道指導要領(p38)では構え」という場合、「身構え」と「心構え」とに分けられるが、普通「構え」という場合には「身構え」を指す。しかし当然そこには、心構えも含まれている。と述べています。この心構えの用語は、剣道和英辞典(P59 )によれば「心の用意、心組み、覚悟」であると述べています。

一方、広辞苑では、気構えは、「何事かを予期して心に待ち受けること」。身構(え)は「身構えること、すなわち、敵に対して、迎えうつ姿勢を整えて構えること」。心構えは「心にかけて待ち受けること」と解説しています。また、大辞林事典(三省堂1988 第一刷)では、気構えについて「予測しうることに対する心の用意」、身構えについては、「みがまえること」、心構えについては、「心の中での準備、心の用意」、構えについては「状況に対応できるように姿勢や態度を整える」と解説しています。

以上、全剣連出版物と一、二の一般辞書との比較から理解出来る事、すなわち全剣連が有効打突条件として具現化を求めている残心は、心身の危機にさらされた武士社会で要求され、現在まで指導されてきた「打突後、相手の反撃に備えるという武術的な意味合いにおける構えとか、身構え、気構え、心構え」と考えられます。

 

剣道が他のスポーツと大きく異なる点、言葉を代えて言えば、現代剣道の特色・思想は、競技者が得点に至る前後、とりわけ得点後、不適切な行為、すなわち、残心を取らない場合、その得点を取り消す規定と、その残心要件について具現化を求めている点と考えられます。

とすれば、残心要件として、三橋らが捉えた「心構え」を中核に添え修錬・指導する必要があるのではないか。ここで提案する心構えは、全剣連が示す「心の用意、心組み、覚悟(詳細な意味付けは不明)」ではなく、広辞苑に従って「心にかけて待ち受けること」すなわち、相手を尊重し心に掛けて待ち受ける事とする事が適切と考えられます。

心身の危機にさらされた武士社会で指導されてきた残心、すなわち、打突後、相手の反撃に備えるという武術的な意味合いから、心身の安全が保たれた現代社会で指導されるべき残心、すなわち、自己研鑽相手に対し尊敬と思いやりを意味する用語として、残心要件を再構築することが必要と考えたわけです。

このように、残心要件を再構築すれば、打突後の不適切な行為の例としてあげられるガッポーズや見苦しい引き上げ、走り回りによって有効打突が取り消される根拠が明確になり、かつ現代社会における日本剣道の特色・思想として継承者に受け渡す価値があるものと考えられるからです。