四高師範古賀恒吉指導心得-引き立て稽古- 武道修養訓   

代表理事 惠土孝吉

矢吹俊吉賛助会員より表記資料を提供して頂きました。ますます少子化が進む中、剣道愛好者をつなぎとめるためにも、古賀師範の指導心得を遂行してみましょう。(引用にあたっては旧仮名を新仮名に改め、適宜句読点を補った)

 

剣道の指導を昔は指南とか、取立てまたは引き立てと云い、私は引き立てというのが好きである。打てる所は打たないで、相手に打つ所を教えながら縁を切らないようにして、打たれて引き立てて行くのは容易なことではない。また時としては心を鬼にして、強い鍛え方をすることもある。鬼(き)手仏心という、師匠の情である。五本の内三本は弟子に打たれながら弟子の方が先に息をきらし、先生は平気で何人も遣い、一時間でも元に立っておるというのは腕の十分出来る先生である。ある先生が他流の門人が稽古を願いに来たところ、無二無残にヒッパタキ散々な目に遭わせて帰した。ある人がその訳を問う。先生の曰く「先方の師匠に対する武術者の礼である」と。

「当る様、当たらぬ様」「当らぬ様当る様」ということがある。

「当るよう当たらぬよう」とは、当る場合には当たらぬように打って敵に打たれてやる。
 「当らぬよう当るよう」とは、当らぬ機会には打って当て、敵に油断をさせないと同時に、自分の働きを練ることである。

教えるは習うの半である。習うつもりで教えなければ心気相通ずる以心伝心の妙手は伝え得べくもあるまい。ある大学の教授が日本の教育の仕方の良い所は剣道指南にのみ残っている。今の教授法は皆西洋の焼き直しであると嘆息されたことがある。ともかく余ほどしっかりやらぬと剣道の方も今にだめになったといわれはせぬか。 (朝日新聞 昭和16425日より引用)